月別アーカイブ: 2017年6月

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」に感じる、人生のままならなさと希望。

YEBISU GARDEN CINENAにて鑑賞。

この劇場、かなりいいですね。座り心地が格別によいし、上映している作品のセンスも素晴らしい。

ましてや、施設内がしゃれおつ。かなりデート向きだな…。(また行きたいので、誰か一緒に行きましょう)

ようやく観ました。

本年度アカデミー賞脚本賞、主演男優賞受賞の「マンチェスター・バイ・ザ・シー」。

かなり言語化しにくいというか、正直まとまってないですが、せっかくなので感想でも。(ネタバレしないよう頑張る)

(しかし、相当にネタバレして話したい作品なので、観た方はぜひお茶でもしましょう)

あらすじは下記を参照。

ボストン郊外で便利屋として生計を立てている主人公が、兄の死をきっかけに故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーへと戻り、16歳の甥の面倒を見ながら過去の悲劇と向き合っていく―。(Filmarksより)

ん?どうして「マンチェスター」ではなく「マンチェスター・バイ・ザ・シー」なん?と、思う方も多いはず(多分)

(そのままだと、海沿いの街・マンチェスターだしな。)

こちら実は、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」が町の正式名称らしい。

マンチェスター・バイ・ザ・シー (Manchester-by-the-Sea)、または単にマンチェスター (Manchester) とは、アメリカ合衆国のマサチューセッツ州エセックス郡ケープアン(英語版)に位置する町である。景色のいい浜辺や景勝地で知られる。2010年のアメリカ合衆国国勢調査によると人口は5,136人だった[1]。(Wikipediaより)

(上記を知らずに観たため、あれ、イギリス?アメリカ?と脳が混乱しまくっていた)(お気をつけあれ)

主人公がここまで幾重にも、そして、静かに葛藤している作品は初めてかもしれない。

全てが優しくて、いちいち沁みてしまう作品でしたね。主人公のその姿勢に共感しかしなかった。

そんな作風の中で、クスッと笑えるシーンを入れるのは本当にずるい。そのコントラストが絶妙によい。(友人宅でお母さんと話が続かないシーンとか)

とりあえず、ケイシー・アフレック、イケメンすぎないか…。お兄ちゃんよりも確実にイケメン。

(母が勝手にイケメンイケメン盛り上がっていたけれど、ようやく納得できた)

>> ケイシー・アフレック – Google画像検索

最初、この作品の主演はマット・デイモンがやるはずだったらしいけれど、実際に観てしまうと彼であってよかった!!!と思える作品。彼しかありえない。

罪を咎められることさえも許されないという、計り知れないほどの苦悩を抱えるものの、つべこべ騒がずに背中で語るその佇まい。相当グッときました。

瓶ビールを飲む、その何気ない仕草すらかっこよく映ってしまう。(鑑賞後、思わず東急ストアでカールスバーグ買いました)

そしてなんといっても、元妻と再会するシーンのあの苦悶とした表情。。。。その芝居に思わず打ちのめされる方も多いはず。(予告編に映っているからネタバレではないはず)

本作の舞台である、マンチェスター・バイ・ザ・シーの薄靄かかったような冬景色は、主人公の心理状態を表しているんでしょうね。

とはいえ、田舎×アメリカの男性ってどうしてこうも暴力的なんだろう。(おーい!と思うシーンも多い)

また、お兄ちゃん役のカイル・チャンドラーがかなりよい。

最近だと「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で主人公を追い詰めるFBI役が印象的かなー。やさしさがこれでもか、とにじみ出た顔。今回の役どころにもぴったりとマッチ。

今年で51歳。ダンディやな。

>> カイル・チャンドラー – Google画像検索

真に深すぎる傷は、きっと癒えることがない。忘れ去ることなんてもってのほか。

だからこそ、主人公はあの日からずっと苦悩している。思わず自殺を選びたくなるほどに。

しかし、背負ってしまった罪を無理に忘れようする必要はなく、どん底に落ちたと感じている時でも、希望は湧いてくる。

甥(=自分の命よりも大事なもの)を弟に託すという決断

そのことで、主人公は救われるんですね。

甥との関係性が深まるにつれ、主人公の心にもひとずじの光が差す。劇的な変化はないものの、少しずつ前に進んでいく。

心温まるような優しい映像・音楽と、表情一つで演じ切れてしまう素晴らしい演者で、上記テーマを綺麗ごとにすることなく描ききっている点。

その一つ一つがいたって人間らしく(人間臭く)、リアリティがあって、心が解れる感覚でした。

そりゃ、脚本賞とりますわ。笑

(こういった人生のままならなさを描いた作品は好みですね。)

にしても、これほどネタバレができない作品も久しぶり。彼がマンチェスター・バイ・ザ・シーに住めないその理由。

許すことも責めることもできず、人生で一番といって良いほどに重いその理由。(まさかの同語反復、笑)

真相はぜひご覧あれ。

「お前が遊びにくる」

このセリフがよかった。

そしてラストシーン、かなり印象深かったな。

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しないこと・やらないことを決めたいと思う。

しないことリストという本が流行っているらしい。

出世、幸せな家庭、憧れのマイホームなど、「〇〇したくないですか?●●のような生活憧れますよね!?!?!?」という世に蔓延るメディア・広告訴求により、欲求をかき乱される俗世間に対し、それって追い求めるからこそしんどくなるんじゃない?捨ててもよいでしょ?ラクに生きましょうよ!なんてことを書いている(はず)(読んでない)

個人的に大学生の時とかは、世の中を動かせるといった文脈でやんわりと広告に憧れを抱いていたのだけれど、あれは何だったんだろうな…と今では思ってしまう。表現手法の数々には関心があるかつ、良いものはどんどん広げていってほしいんですけどね。

広告はものを売るために存在しています。けれど、ものを売る以上のことができたりもします。ウイスキーの広告で、ウイスキーを飲まない小学生が誰かに優しくすることを学んだりすることがあるかもしれない。飛行機の広告で、誰かがもう少しがんばってみようかと思うことがあるかもしれない。そしてそういう心の経験をした人は、その広告をつくった企業のことをほぼ永遠に好きになる。そしてその商品以外でも、その企業のものを選択したりする。そういう視点をもって、広告という表現をつくることの大切さを忘れずにいたいものです。(髙橋卓馬)

広告は面白いという嘘を死ぬまでつき続けたい。この仕事を志す若者が一人でも増えるように。現実に直面し愕然とするだろう。だけどその現実の壁を乗り越え、もう一度綺麗事に軟着陸する、そんな一握りの若者の可能性にバトンを繋ぎたい。(箭内道彦)

しかし例えば、毎シーズン売り上げを上げていくために、トレンドを発信し続ける(つまりは流行遅れ・時代遅れを生み出す)ファッション業界とか、正直見ていてしんどい。(服は好きです)

何故ファッション誌を読んでもオシャレになれないのか。
答えは簡単です。
ファッション誌の使命が、あなたをオシャレにする事ではないからです。
既存のファッション業界は「計画的陳腐化」を続けていかなければ成り立たないビジネスモデルです。
トレンドというものはアパレル企業が今まで売っていた服を「陳腐化」させる為に存在しています。
(あなたがどれだけファッション誌を読んでもオシャレになれない理由。)

とはいえ、そういった一種の享楽というかラグジュアリーさをもう追い求めずに、持たない幸せを実践していくべき!と、無駄にはやし立てるメディアもあまり好きではないんですけどね。自分とかもまさにそうだけど、今の20代としては、別にブランドものとか興味ないし、車も別に必要性を感じない、モノではなくコトであり、自分がよいと思えるものを選択していくことが贅沢じゃないですか?といった価値観を持つ人は徐々に増えているように感じるけれど、しかしながら、どの価値観も押し付けはよろしくない。(って話は長くなりそうなので別の機会に)

個人的な考えなわけで、無作為にディスり始めるのは非常によろしくないですね。すみません。(そういう自分の姉貴はアパレルで、「好きを仕事に」という文脈でものすごく応援かつ尊敬してるし、仕事が遊び化していく世の中において、素晴らしい選択をしていると思ってます、はい)

ひとまず下記とか思い出した。

質素な生活ができる人は、ときどき適当に働いて、のんびり生きれば良い。贅沢な生活がしたい人は、ばりばり頑張って働いて、どんどん稼げば良い。いずれが偉いわけでもなく、片方が勝者で、もう一方は敗者というわけではない。(「やりがいのある仕事」という幻想 / 森 博嗣)

話は変わりますが、自分は何かと記録していくのが好きでして、おそらく進んでいるといった成長実感を味わいたい欲が強いタイプなんでしょうけど。(だから、資格に挑戦とかがしたくなる)その上で、毎年毎年「やりたいことリスト」といったものを作成してたんですよね。下記のような。

>&2017年やりたいことリスト

結局のところ、あれもこれも…とやりたいことばかりに追われて、そんなに予定通りに進むわけでもなく、現実と理想のギャップに苦しむんですよね。(いわゆるAsIsToBe)(そこまで苦しんでもないか)まぁとはいえ、やりたいこと自体は少ないよりも多い方が、人生楽しいのでは?と思っています。

(上記、もうだいぶ放置してるんで、もし後を引き継いでくださる方とかいらっしゃれば、全力で応援します。頑張ってください。)(ちなみに、リストアップのタイミングが一番に楽しかったりする)

そんな中、逆に「しないこと・やらないことを決める」って結構取り入れ甲斐があるのではないか?と思いました。やらないことを決めることで、逆に自分の行動がシャープになるというか、テンションを下げる無駄なマイナスの事象を省くことで、よりポジティブかつ活動的に過ごせるんじゃないかな、と。(とはいえそういった自分にとってのマイナスから学びを得ることもあるはず。トレードオフですかね)

「悩むことが損だ」というのは、僕には理解し難い。悩んで損をしたことなんて一度もないからだ。「時間の無駄だ」というが、ぱっと明るくみんなと酒を飲むよりも、よほど人生にとって有意義だとも思える(おまけに経済的だ)。(森 博嗣)

「人生で有意義なことの大半は、無駄に見えるんだって、知らないの?」(オー!ファーザー)

まだまだ随時更新ではあるものの、ひとまず思いついたものを記録的に書いておきます。(なんだか精神論というか、戒めに近い内容ばかりになってしまった。)

  • 他人に期待すること

これで失敗した経験は、かなりあるなぁって思ってます。言葉だけを見るとなんだか悲しくないか?と思えたりするんですけどね。なんというか自分の尺度で他力本願したくないなと。自分の思いと反したとして、他人を責めるのも嫌だし、どうせなら自責したいんですよね。愛されているだろうと驕りたくない。(なんかyonigeの「さよならプリズナー」を思い出した)

友達でも恋人でも良いけど、自分が親しく付き合ってる人が、無条件に自分のことを全部好きでいてくれるわけなくて、どこかで我慢してくれてたり許されたりしてる部分はあると思うよ。好きだから受け入れてくれてる、っていう簡単な事実をなおざりにすると、失うものは大きい。(Twitterより)

  • 大盛を選ぶこと

最近、全然守れてないんですが、ご飯大盛無料とか、ものすんごくお腹が空いていた時の大盛の誘惑に負けないようにしたいなと。結局お腹いっぱいで小一時間動けなくなるのも嫌だし、肥りやすい分、毎度自己嫌悪するのもイケてないなぁと。

  • 無愛想でいること

とはいえ、無駄にへらへらするのも嫌。

とりあえず「嫌だな」と思った時にエヘラエヘラ笑うのをやめる努力中。真顔。無言。これだけで相手は引くのね。たったこれだけのことができなかったというのも悲しい話だけれども。嫌な顔ひとつしようものなら「何が気に食わない」とボコボコにされたから身体にしみついてるの。(Twitterより)

  • 3日に1回ペースで運動をしないこと

すぐ肥るくせに食べるの大好きマンなので。あとは、将来子どもと一緒に子ども以上にわんぱくに遊ぶ。というを夢を抱いているので。

  • 普通~と言うこと

自分の解釈を押し付けたくないです。常識とか、普通とか言われるたびに心の中がざわつくんですが、これはSFCで育ったからなんですかね。

他人がくれる正解に振り回されない。どれが正解だったか、なんてことにこだわらない。(不明)

「事実というものはなく、ただ解釈があるだけだ」(ニーチェ)

  • 目的なしにTVを観ること

テレビ大好きなんですけどね。しかしながら、かなり受動的なので、観たいもの以外は本・映画とかに回したいなと。

  • 足を組むこと

よくやってしまうんですけど、良いことがない反面、悪いことばかりですよね。背骨曲がるし、偉そうだし…。

  • 自分を卑下すること

大学までかなり自分のことを卑下して生きていたのですが、社会人になってようやく自尊心を持つことができたというか、そもそも他人の目がどうでもよいなと思えるようになってきました。

ちょっと文脈変わりますが、パリス・ヒルトンの言葉とか好きです。

知りもしない人から嫌われたら、それはあなたが素晴らしいことを示している。(パリス・ヒルトン)

  • 評価を求めること

他人を期待しないに通ずるかもしれないですね。関連するところだと、下記の言葉が最高に好きです。

「わたしは他人を満足させるために生きているのではない。他人の感情は他人の問題だ。責任を持つ必要はない。知ったことか。イエーイ」(まくるめ)

また、良い時も悪い時もあって当然の中、同じく信頼してくれる友人と過ごしていきたいなと。

良い時も悪い時も同じ態度で接してくれた人と一生付き合って行きたい (落合博満)

  • 他人を評価すること

評価している時点で見下しているんですよね。それじゃあ自分が伸びない。年齢が上だからと言って下を見下さない人間になりたいなと思います。前提条件、新しい時代に生まれた人間の方が、何十倍も効率化されていて、頭はいいはずなので。そんな彼らから学ぼうとしないおっさんにはなりたくない。

いちばん大切なのは、他者を「評価」しないということです。評価の言葉とは、縦の関係から出てくる言葉です。もしも横の関係を築けているのなら、もっと素直な感謝や尊敬、喜びの言葉が出てくるでしょう(岸見一郎)

「若い世代はどう考えても自分たちより優秀」ってのを念頭に置いとかないとヤバい。だって技術も情報もどんどん発展してるんだぜ。新しい世代の方が優秀に決まってんじゃんかよ。俺達の見たことあるパターンは俺達の世代にしか通じないんだ(Twitterより)

  • 他人をうらやましがること

自分は自分ですね。

  • 酔うためだけの酒を飲むこと

これはたまにやりがち。感情起因でバカみたいに飲むのはやめて、その分飲みたいと思える人と楽しむために飲んでいきたい

どんなデートがしたいかっていう話題によくなるんですけどカズレーザーさんが「相手の好きな音楽がかかっているところでお酒を飲みたい」というようなことをどこかで言っていてこれは良い答えだなと思った(Twitterより)

酒はバカな人とも飲めるけど、お茶はバカな人とは飲めないんですよ。30分も会話がもたないでしょう?(酒をやめると、人生はどう変わるのか【第3回】|小田嶋隆×中川淳一郎 アル中対談)

酒をのむ人たちも、あれは、結局、しゃべりに行ってるみたいなものでしょ。「ちょっとお茶でも」にしても、「しゃべる」んですよね。ひさしぶりにともだちに会っちゃって、どうしたかといえば、「しゃべった」わけでしょう。(糸井重里)

  • 何でも引き受けること

何でもイエスマンで過ごすことを意識してきた25歳までだったけれど、自分が本当にやりたいことにもっと時間を割かなければと思う中、それを決めるのが自分であり、人任せにして文句ばかり垂れてもいられないですね。

人間はじぶんの時間をどうするかは、じぶんじしんできめなくてはならないからだよ。だから時間をぬすまれないように守ることだって、じぶんでやらなくてはいけない。(モモ)

ところで、私たちが会社から仕事を買っているとしたら、そこで支払っている対価はなんだろう。それは「時間」である。そして時間とは、私たちの「いのち」そのものである。(西村佳哲)

空気なんか読む時間とヒマがあったら、もっともっと本を読め、と私は言いたい。本を読むことで自分を読むのです。これは顔色なんか読むよりもずっと大事なこと。(小飼弾「空気を読むな、本を読め。」)

  • 不要に自慢すること

自慢してよかったなぁっっっ!って思える経験がないんですよね。しかし、ふとした瞬間に出てしまう。

説教、自慢話、思い出話、この3つは抑えていかないと、自分は伸びていかない(高田純次)

  • 挨拶しないこと

してないわけではないんですけどね。なんなら恵比寿ガーデンプレイスタワーの地下1階に立ってらっしゃる警備員さんにもしますし(あれ、自慢?)

  • 褒めないこと

逆にほめないでよかったっっっ!って思ったこともない。むやみに褒めてもとは思うけれど、よいと思ったら積極的に褒めていきたい。それで笑顔になってくれたら嬉しいですしね。

けなし言葉とほめ言葉は、同じ重さじゃないと思うんだよ。人は生まれてから常に死に向かっているから、ほっておくとネガティブなほうへ傾く、だから絶賛のほうをたくさん浴びるくらいでないとだめなんだ。(ショートソング)

  • 言いたいことを言わないこと

言わないでいることを、一種のやさしさだと思っていたんですが。(知らないふりをしておくとかはあると思う)確かに心はすり減るんですよね。関係性としてしんどくなってしまう。

言いたいことを言っていないから心がすり減る。自分の思いを「ちゃんと言う」ことが大事。それが人生を動かしていく。(心屋仁之助)

黙っていた方が良い、という場合は本当はない。ただ、「言い方」に気をつけた方が良い(森博嗣)

  • 人の成功を妬むこと

結構喜べる方だと思うんですけど、戒めとして。以前、アメリカの友人と話す機会があった際の言葉が印象的なんですが、日本は独り勝ちしてるやつを妬み、なんなら蹴落とそうとするけれど、アメリカは真逆で、成功した友人のことをこれでもかと祝い、その成功のおこぼれを自分も貰いにいくらしいです。良いというわけではないものの、日本よりだいぶマシだなぁと。

  • プライベートを議論すること

なんでも議論しようとするのやめたいですね。たとえば、恋人との会話とか。(いないけど)

  • 26時以降に起きてること

早く寝よう。うん。

  • 無理して盛り上げようとすること

疲れますよね。ゲーテ先生。

『君が友人といる時、しばらく黙っているといい。その沈黙を負担に思うか?それが君達の関係だ。』ゲーテ

  • 23時以降に食べること

最近、やってしまうのがこれ。ストイックに生きたい反面、この時間のご飯に付き合ってくれる人がいたらそれはそれでうれしい。

  • 無駄な飲み会に出席すること

大学入りたての頃まで、自分がいないところでもしかしたら…という思考に追われていたんですが、もう本当にどうでもよいなと、ここ3年間くらいでようやく思えるようになりました。

これはもう何回でも同じことを呟くけど、職場も飲み会も、帰りたい時にとっとと席を立ったとしても、あなたが心配しているほど悪いことは起きないし、うっかり期待しているほどいいことも起きないよ。それより家に帰って好きな本でも読んだほうが、長い目で見たらフィジカルにもメンタルにもよいです。(Twitterより)

  • 愚痴をこぼすこと

言霊を大事にしてみようかなと。勝間和代の「怒らない・妬まない・愚痴らない」は結構好きです。(本来の「三毒追放」とは違うけれど)

  • 陰口をたたくこと

とりあえずゴシップとか、悪口とかもう飽きました。。。本当に。とはいえ、ストレスは溜まるし、飲みの席ではそういう話になりがち。言わなくても済むメンタルを鍛えなければな。

俗世を離れた知的会話とは、まず、身近な人の名、固有名詞を引っぱり出さないことである。共通の知人の名前が出ると、どうしても、会話はゴシップに終る。ゴシップからはネズミ一ぴき出ない。害あって益なしである。(外山滋比古)

アメリカの有名な社交界の名士の言葉に、「噂が好きな人は、あなたに他人の話をする。話が退屈な人は、あなたに自分の話ばかりする。話の面白い人は、あなたにあなたの話をする」というのがあります。(パトリック・ラーマン)

  • 怒ること

あの孫さんも「怒る=自分のできなさを認めること」とおっしゃっているんですが、感情的にカッとなってる人を見るの本当に苦手なんですよね。怒らざるを得ない状況をどうして作ってしまったのか…と自責した方が学びが多くないか?と思ってしまうし、その思考に達せれば冷静になるよなーと。しかし、相手に何かしらを伝える必要はある。その際は怒るではなく、「叱る」が正しいはず。
>> 「怒る」と「叱る」の違いをご存知ですか?:谷誠之の 「カラスは白いかもしれない」:オルタナティブ・ブログ

怒るのは自分の知恵の足りなさを認めるようなものです。(孫正義)

昔、先輩から教わった大人のルール。その1「怒るな。怒りというのはもっと大事な時にとっておけ」その2「うまく立ち回れ。世の中は理不尽なことが多い。いちいち正論で返したら身がもたない。頭を下げてその場が収まるなら下げろ」その3「でもお前の大事なものが壊されたら怒れ。絶対に折れるな」(Twitterより)

  • お金のなさに嘆くこと

じゃあ、稼げよってことですね。

  • 深夜のから揚げ

最近ついついやってしまうのがこれ。大体が、ジム帰り、夕飯食べてなくてお腹空いている状態@23:00とかだと、炭水化物はとりたくないけれど、スーパーのから揚げが安い!という局面ですね。しかもハイボールも飲みがち。翌朝のことを考えて、セーブしたいと思います。。。。はい。

というわけでもろもろ書いたけれど、守れるかなぁ…。

まぁ頑張ります。はい。

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夏の始まりとSHE IS SUMMER。

だんだんとジメジメとして、いよいよ夏ですね。(とはいえ、まだ梅雨も明けてないけど)(猫っ毛としてはしんどい季節)

個人的には結構嫌いです。夏。

めちゃくちゃ汗っかきなので、まず高温多湿が勘弁してほしい。

正直襟付きとかほんと着たくないし、Tシャツ短パンで生きていきたい。今すぐなんのルールにも囚われない生き方がした…(という話はまたいつか)

あとは虫も苦手なんですよね。

思えば小学生時代にセミにびびっていたし、男子たちが象徴的に憧れるあのカブトムシにも全然魅力を感じなかった。夕飯時にCM放映を行うフマキラーなどは許せな…(という話もまたいつかパート2)

ただ、甲子園と花火が好きだから、今年はその二つを見に行ける夏にできたらなぁ…(って今思いました)(うん、がんばる)

あと、個人的に夏といえば、何故かカレーなんですよね。ただでさえ暑いので、あんまり熱いもの食べたくないんですけど。

夏になるといわゆるカレー周期が早まるというか、通常の1週間に1回から、3日に1回くらい食べたくなってしまう。(とはいえ週1も結構食べてる方か)

何故なんだろう。不思議。

って、夏に関する前置きが長くなったんですけども。

夏のような女性っていいですよね。(いきなりどうした)

なんだか天真爛漫で明るい笑顔を振りまいているような。

女性にはいつまでもわがままを言っていてほしい。(なんの話?)

多分、自分が物静かというか、そこまで進んで盛り上げ役に徹するタイプじゃないから、そういう女性と相性がよいってのもあるんだろうけれど。とはいえキャラは環境に依るのでなんとも言えないか。

でも、ちょっと抜けてるとか、ドジな人好きなんですよね。どことなくツッコミどころがあるというか。何もないところで転びそうになるとか(あれ、夏関係ない)(演技だったらちょっと怖いけど)。

明るく振舞う、その大変さを受け入れる心の広さを人間として尊敬してしまうし、意識しなくてもそうしていられる人とか、素晴らしく惹かれてしまうんですよね。

なんか、もう周りなんて気にしなくていいよ、って言ってあげたくなってしまうんですよ…(という話もまたいつかパート3)(ちょっとキモいですね、すみません)

だからなのか(?)、自分は恋愛の始まりが夏に来ることが多いです。(とはいえ、モテるわけではなく、母数はそんなに多くない)

なので、今年の夏も期待してないけど、ちょっとうかうかしてる自分がいるのかもしれない。(いや、嘘かつ何も起こらないはず)

「SHE IS SUMMER」と言う名前に惹かれて拝聴しました。
失恋ソングなのに軽妙・快活で、それ故に恋に破れた女の子の切なさがより伝わってきます。
が、落ち込んでも、良い意味で計量的・打算的で、決して滅することのないメンタルの強さも感じられて、好感が持てました。しかし、夏はふいに訪れ、忽然と去って行きます。文字通り、女性はみな夏のようです。。。

上記は「SHE IS SUMMER – とびきりのおしゃれして別れ話を」のyoutube動画にあったコメント。

最後の二文にとてつもない哀愁を感じる…。経験からにじみ出るものなんですかね。(プロフィール画像はダンディなおじさま)

ちなみにSHE IS SUMMERは、あの伝説のユニット「ふぇのたす」解散後に、ボーカルのMICOがソロプロジェクトとして始めたもの。

ふぇのたすを知った時点でもう解散していたかつ、解散の原因が夭折ということを知った時、相当残念だったな…。

「今夜がおわらない」は、仕事が終わらない時、約束の相手に送れるのでおすすめ。おそらく笑ってくれるはず(?)

>> ふぇのたす – Wikipedia
>> SHE IS SUMMER

ひとまずMICOちゃんがかわいいし、名前にあえてCを使うセンスとか好きです。

うん、かわいい。

出会ってから付き合うまでのあの感じって、めちゃよいですよね…。あの絶妙で独特な緊張感。

ちなみにSHE IS SUMMERという名前の由来は、かの有名な「(500)日のサマー」。

>> [J-WAVE NEWS] SHE IS SUMMERのMICO スナックで歌い散らかす

きっと大学生時代に一回は観る作品なはず。好き嫌いは別れるかもです。たまに無性に観たくなるんだよなぁ…。

しかし、Amazonプライムさんはなぜか吹き替え版しかないんですよね。なぜや。

ズーイー・デシャネルのかわいさに惹かれ、彼女とIKEAデートをした男性諸君も多いことでしょう。(って方はイエスマンもおすすめ)

下記は、主演のジョゼフ・ゴードン=レヴィットの「(500)日のサマー」に対するコメント。

It was a widely misinterpreted movie, I think…. People tend to say, “Why didn’t she end up with him? He was so nice!” But I think that he was really quite guilty of projecting a fantasy onto this girl that she didn’t necessarily deserve, and that, honestly, he was pretty wrapped up in his own selfish point of view… We’ve all been guilty of it. I’m sure I’ve done the same. And we all do it to one degree or another in every relationship. But it’s just funny to me, because I felt like the point of that movie was illuminating this guy who is basically delusional, who keeps projecting all these things onto this girl, and how that’s a problem for him, and how he then sort of grows out of it. But it seems like a lot of the people that see the movie don’t quite catch that. They just think he’s a great guy.

この映画はものすごく誤って解釈されたと思う。僕が思うのは、皆が「なんであの娘は彼と一緒にならなかったの?彼はとっても優しいわ!」と言いがちなんじゃないかな。でも僕は主人公があの女の子に幻想を抱いていたことに本当は後ろめたさを感じていると思う。その幻想は決して彼女がその通りにあるべき必要はないもの。だから、正直なところ主人公は自分勝手で独りよがりな視点に夢中になってしまっているんだ…。僕らはみんなそういう後ろめたさを感じていると思う。僕だって全く同じことをしてしまうこともあるし。誰でも異性との付き合いのなかで、多かれ少なかれそういう面を持ち合わせているんじゃないかと思う。でもただ僕は、そういったところがとても面白いと思ったんだ。この映画の一番のポイントは、主人公が基本的に妄想に走っているところを浮かび上がらせたところにあると思う。女の子にあれやこれやと幻想を投影させて、それが主人公にどんな風に問題になるかをね。そして、それから彼が学び成長していくかを描いているから。でも多くの人はこの映画がそういう描き方をしていると気付かないみたいだよ。みんな、主人公が素晴らしい男だって思っちゃっているんだ。

社会人の男性陣は今だからこそ面白い作品かもしれません。

あぁ、あの時の自分って女性に妄想ばかり抱いていたよなーと、甘酸っぱい期間を少しばかり振り返れる年齢になった時、また違った見え方ができるんだろうなと。

ちなみに新曲の「あれからの話だけど」は、前述の「とびきりのおしゃれして別れ話を」のアンサーソング。耳を澄ますと曲が始まる前、「とびきりの…」が少しばかり流れていたり。

恋とは結末が全てなの

まさしく。ご名答。

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