「ムーンライト」は、自分探しと愛の物語だった。

いよいよ観ました。アカデミー賞作品賞受賞の「ムーンライト」。いやぁ…鑑賞後の余韻がすごい。言語化しづらい感情が心に流れ込み、鑑賞後、口を開くまで時間がかかりました。

貧困 × 黒人 × 性的マイノリティという点のみをピックアップすると、どうにもかなり辛い物語なのではないか?と少し身構えていたものの、蓋を開けてみてびっくり。

これはこれは美しいラブストーリーだこと。

(あらすじは下記を参照)

名前はシャロン、あだ名はリトル。内気な性格で、学校では“オカマ”とからかわれ、いじめっ子たちか ら標的にされる日々。その言葉の意味すらわからないシャロンにとって、同級生のケヴィンだけが唯一の友達だった。高校生になっても何も変わらない日常の中、ある日の夜、月明かりが輝く浜辺で、シャロンとケヴィンは初めてお互いの心に触れることに・・・

戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue(月の光の下で、黒人少年は美しいブルーに輝く)」が原案ということもあってか、その映像表現に見惚れてしまう。黒人の体をこんなに美しく撮影した映像は観たことがない。

というか、夜ではなくとも映像が本当にきれい。大部分の舞台はマイアミですが、直射日光が強いと言われている中、湿気、取り巻く木々の緑と相まって、その光にすら見惚れました。

全体的に美しく静かで、とても叙情的。目は口ほどに物を言う、とはまさにこのこと。主人公の目に、その抱えた思いに引き込まれてしまう。(なぜか、”閑さや 岩にしみ入る 蝉の声”という芭蕉の句を思いました)

1部<リトル>で、麻薬中毒者の母に苦しむ主人公の父親代わりになろうと思ったものの、その母に麻薬を提供しているのが自分であったり、2部<シャロン>では、やんちゃな結びつきから抜け出すことが怖く、心を通じ合わせた相手を傷つけなければなかったり、3部<ブラック>で、あんなに麻薬を憎んだものの、結果、自分が麻薬ディーラーになっていたりと、矛盾・葛藤の連鎖がこの物語の重要な要素。

そんな中、主人公シャロンは自分のアイデンティティを探し続ける。

黒人でもないし、ましてや麻薬中毒者の母を持っているわけでもないけれど、シャロンの心情が分かってしまうし、これはまさしく自分の話なのではないか、と思えてしまう「普遍性」がこの作品のすごいところ。

この世の中、ままならない日常に対するやるせなさ、初恋のような切なさ、いつまでも痛む後悔など、秘めたる思いを誰しもが抱えているものの、そんな自分の”弱さ”を見せ(られ)ずに生きている人が多いはず。

だからこそ、同様にアイデンティティに苦しみ、本当の自分を見せられずに生きていたシャロンの暗闇に光が差した瞬間、なんとも言い難い、深い感動と余韻を覚えてしまうんですね。

(そして、”暗闇(シャロンの心)に光が差す”という意味合いをタイトルの「ムーンライト」とかけているオシャレさ。)

自分のアイデンティティを持つには、自分自身を愛さなければならない。そして、そのためには周りからの愛が必要だということを改めて思い知りました。誰かを愛する時も同様に。

また、3部構成がとてもよいですね。3部<ブラック>でシャロンは体を鍛え上げ、金歯のカバーをつけ、高級車を乗り回す。つまり、以前の弱い自分から脱却し、心も体も鎧をまとっているわけです。本当の自分を隠すための。

そこにかかってきた「お前に料理を作ってやる。そしてあの曲を聞かせてやる」という初恋の相手からの電話。

再会したシャロンはケヴィンが作ってくれた料理を食べるために、金歯を外すんですね。それはストリートないしは麻薬取引の中で、自分の権力をいわば象徴するようなもの。しかし、ケヴィンが触れた、自分のためだけに作ってくれたものを直に歯で触れたい、感じたいと。

(料理がそこまで美味しそうじゃなかったかつ、その後にかけられた音楽がイケてない、加えて飲酒運転?ということはさておき)

このシーンにシャロンのケヴィンに対する愛情を、そして、料理を口の中に入れるというその行為の意味を思いました。家族、恋人、ましてや外食と日常生活でなんとなく映るシーンではあるものの、その人を全面的に信頼していないとできない行為だな、と。

(その点、これから食べものを買う基準が少し変わりそう…って話は超個人的につき、また今度)

また、シャロンの父親代わりになろうとしていたフアンの葛藤は、心にくるものがありましたね。実際、麻薬を売るものの、その要素を抜けば寛大で思いやりがあり、素晴らしい人間のはず。

10のうちに悪い点が1(今回は麻薬ディーラーという職業が)あるだけで悪者認定してしまうといった残酷さは、人を見る際に気を付けなければならないなと。情の要素も強いかつ、もちろん逆も然りですが。(下記を思い出した。)

女子大生が夜キャバクラでバイトしてるって言うと不真面目そうだけど、キャバ嬢が昼間大学に通ってるっていうとなんか良い話っぽく聞こえるのはなぜだろう。物事は、伝える順番だけでこうも違う。
– 中島一明

こういう作品が作品賞をとるのは素晴らしいことだと思います。

(#OscarsSoWhite (白すぎるオスカー)問題が、昨年のアカデミー賞で話題になりましたが、今回もし作品賞の読み間違えが起こらなかったら、運営側の陰謀疑惑もなく、よりクリーンで素敵な授賞式だったんだろうな…。)

その点、上映する劇場が少ないのが残念ですね。日本どうした。

とはいえ、なんとなくふらっと観る作品でもない気がするから、それはそれでいいのかもしれません。観るべき人が観ればそれでいい。

最後に、やっぱりナオミ・ハリスってすごいですね。スーパー演技派。「素晴らしきかな、人生」とのギャップが激しすぎましたが。笑

期間を空けてもう一度観た時、感じ方がどう変わるかを楽しみにしておきたい。そんな作品でした。

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