植松努さんの「思うは招く」

尊敬する先輩がブログで紹介していた、植松努さんのTED。とっても素敵なのでご紹介します。

思うは招く」。

そのテーマ自体が素敵なのはもちろんのこと、柔らかい話ぶり、丁寧に選ばれる一言一言のチョイス。そして、植松さん自身が体験されたエピソードに胸を打たれてしまう。

自分の好きなこと、やりたいこと、夢はあれど、実現させる勇気がなかったり、術がなかったり、生活のためには…といった方にはきっと刺さると思います。(自分は相当刺さりました、はい。)

やはり、誰に何を言われようと、自分の可能性を自分だけは最大限に信じつつ生きていきたいもの。また、そういう人の輝きは周りを明るくするから、たまらなく素敵に映る。だから、自分もそうなりたい….。

そんな幸せなループが回り回ることで、世の中がだんだんとプラスに変わっていくのかもしれないですね。(ちょっとミスチルの「彩り」を連想した)

最近観た「ラ・ラ・ランド」、「シング」にかなり感動したのも、そういう節があるのかもしれない。

最後に、youtube動画に植松さん自身がコメントを添えていたので、下記に引用。

僕がUPした動画ではないので、僕がここに何かを書いていいものか、とても迷い続けていましたが、でも、書きます。
沢山の人に見ていただけて、本当にうれしいです。
この動画を作ってくださった方々にも、本当に感謝です。
沢山の方々のコメントにも、本当に勇気をいただけます。
本当なら、個別に感謝の言葉を書きたいのですが、書けなくて申し訳ないです。
僕は、人の可能性が奪われない社会になったらいいと思います。
残念ながら、「どーせ夢なんてあったって食えない」「どーせいじめも戦争もなくならない」とあきらめてしまっている人もいます。
でも、「なくならないから、なくす努力をやめる」では、それこそ、なにも変わらないと思います。
僕は「どーせ無理」と言う人を減らしたいとは思いません。
その人達も、その考えに至った理由が必ずあります。
もしかしたら誰かに「どーせ無理」で自信や可能性を奪われた人かもしれません。
だから、「どーせ無理」に、負けない人を増やしたいです。
この動画が、「どーせ無理」に負けそうになっている人の、少しかでも支えになると、うれしいです。

定期的に大切に観ようと思います。素敵なプレゼンをありがとうございます。

dTVのふたりが素敵すぎる。

最近、TOHOシネマズで映画を観ると、予告編〜上映までの間で流れるCMですね。

なんだろう、すごく落ち着いた雰囲気がいいし、夫婦を演じるふたり(長澤まさみ、高橋一生)の声がすごくよい。

(長澤まさみの声といえば、「君の名は。」の憧れのお姉様役がよかった)

映画「シング」ではかっこよく熱唱しているらしいけれど、字幕だと同じ役をスカーレット・ヨハンソンが担当している面、どうしても字幕を選んでしまう…。

(ちなみに、映画「シング」はかなりおすすめです。温かい涙を流せる点は、「アバウト・タイム」を思い出した。)

また、お互いに台詞がない役どころなのに、心の通じ合いを温かく感じられるし、特に地球側の高橋一生の仕草、表情にどことなくセクシーさがある。部屋に大きな天体望遠鏡があるのも素敵。

そして、Bruno Marsを持ってくるという選曲チョイス。いやぁ、わかってますね。しかも「Talking To The Moon」というセンス。さすがです。

CMのメイキング映像はこちら。

Bruno Marsの「Talking To The Moon」はこちら。

メモ。

最近、色々と考えるないしは思い悩むことが多く、改めて大事にしなきゃな、と思うことばをメモ。

なんだろう、戒め的な意味合いも含めですかね。

人付き合いについて

空気なんか読む時間とヒマがあったら、もっともっと本を読め、と私は言いたい。本を読むことで自分を読むのです。これは顔色なんか読むよりもずっと大事なこと。

– 小飼弾「空気を読むな、本を読め。」

夢を追う男を妬む友達や、成功した男を嫉妬する友達なんかいらないではないか。打っても響かぬ人と関わっているよりも、自分たちは縁ある人とやるべきことがある。

– どっかで拾った

怒るのは自分の知恵の足りなさを認めるようなものです。

– 孫正義

人の苦労なんて、いくら聞かされたって成長しません。自分で苦労しなさい。

- 瀬戸雄三

その人と仲良くなりたかったらその人をまるごとそのまま見たらいい。知りたいという気持ちがあれば、それだけでいい。知りたいと思う気持ちは、好意だ。好意がもてないのに適当に「解決策を提示」し「教え諭して」やろうと思うのは単にその人を踏み台にして優越感をもちたいだけだ

– 理系兼専業主婦

要は他人のアラや欠点を詮索することを止めて、自分のアラや欠点の方を詮索することである。

– 中村天風

誰かを愛するということが、だんだんと誰かを好きになることではなくて、だんだんと誰かを嫌いになれなくなるということなのだと知ったのだ

– 吉田修一

モテない、恋人が出来ない、と自嘲気味に若い人から打ち明けられるのだが、まず、「自分語り」をやめなさい。将来の不安や孤独など誰もが抱えているのに、自分より問題を抱えている相手を伴侶としたい人がいるはずもない。自分の力でどうにかなるものを、他人に乞うべきではない。

– 小池一夫

酔わなきゃ本音を言えない人を信じちゃだめよ。そういう人は本当の人生を生きていないからね。

- 「クライマーズ・ハイ」

一生ディナーをともにすることもない人に何を言われても気にする必要はない

– イネス・リグロン

人が人を好きになるのは、その人の長所というより、むしろ欠点を愛おしく思うからである。

– Twitterより

ねたむことは、自分を劣ったものとして認めることだ

– 「書簡集小プリニウス」

嫌われる事は罪ではない。人には好き嫌いがある。自分が自分のままでいるだけで、ある一定の確立で必ず人には嫌われる。嫌われる事を先延ばしにしない。嫌われるべき時には嫌われる事、人に嫌われる事を恐れて自分の可能性を捨てぬ事。

- 為末大

悪口の中においては、つねに言われてる方が主役であり、言ってる方は脇役であるという宿命がある。

– 寺山修司

人間関係の一番の敵は、「無理する」ことだと思います。無理して他人に合わせると絶対に良くないと思います。 他人なんて他人だし、あなたのことをそんなに真剣に考えてないですから

– 宮藤官九郎

気が合う人、こんにちは。そうじゃない人、さようなら。人生は気が合う人と出会うための旅でもある。そして気が合う人はそう多くない。多くないからいいんですよ。友達がたくさんいるという人と、私は付き合いたくない。ちょっとでいいんです。気が合う人は、こんにちは。

- 平 安寿子

人は「この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える」と思えたとき、愛を実感することができます。劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、平穏な、きわめて自然な状態でいられる。ほんとうの愛とは、そういうことです。

– 岸見 一郎

あいつはバカだ と言う人で利口な人は見たことないです あいつはブサイクだ と言う人でキレイな人は見たことないです あいつは面白くない と言う人で面白い人は見たことないです 人のことが気になって気になってしょうがないのは 自分に自信がないからです

– Twitterより

結局自分はこれまで誰も傷つけたことはないんだな、と早速結論づけようとした時、ふと横を歩く祥子が目に入った。ああ、そうか、と世之介は思う。誰かを傷つけたことがないんじゃなくて、傷つけるほど誰かに近づいたことがなかったんだと。

– 「横道世之介」

しかし、この十何年、ひねくれて、しょげて、プライドがずたずたになって、それでも相手と同等の立場に立とうとして、さまざまなところへ思いを巡らせてきたことで、人を好きになるとはどういうことか、人を思い遣るとはどういうことかが、やっとわかってきたように思う。勝手に好きになったのに、好意を返されない場合でも同じ場所に立って向き合ってもらえて当然だろう、という驕りが、若い頃にはあった。しかし、今は違う。相手を好きだと思うことは、自分を低くすることなのだ。相手に優しくする権利が自分にあるというだけで、嬉しいことなのだ。

– 「男と点と線」

ほんとうに人を愛するということは、「その人が一人でいても、生きていけるようにしてあげる」ことだ

– 三浦綾子

足をひっぱる人の言葉に耳を傾ける必要があるんだろうか。人の努力や才能に嫉妬して、いつまでも過去にとらわれているような人に時間を使う必要があるんだろうか。そんな人の言葉に惑わされずに、あなたはどんどん前に進んでいけばいい。そんな人の言葉が届かないくらいに、遠くに行ってしまえばいい。

– Twitterより

電話したいと言う人より、電話されたいと願う人の方が圧倒的に多い。会いたいと言う人より会いたいと言われたい人の方が圧倒的に多い。誘う少数派が誘われたい多数派に絶対に勝つ。ということに社会人になって気づいた。暇なのも退屈なのも何にもないと思うのも己のせいにすると、解決策の話は早くなる。

– Twitterより

きっと、空気をよみすぎて、空気そのものになっちゃうんだろうね。いてもいなくても同じ。出る杭でもKYでも別にいいじゃん。

– 家入一真

自分自身以上に愛するものがあるとき、人は本当に傷つくのだ。

- グッド・ウィル・ハンティング

自分にとってムダだと思う人間関係はバッサバッサ切っていいし、敵意を持っている人間を味方にする必要もない。無視するのが吉だ。なぜなら人生はあまりにも短く、人間はあまりにも多いからである

– 中川淳一

愛しているものがあったら自由にしてあげなさい。もし帰ってくればあなたのもの。帰ってこなければ、はじめからあなたのものではなかったのです。

- 斉須政雄

昔、先輩から教わった大人のルール。その1「怒るな。怒りというのはもっと大事な時にとっておけ」その2「うまく立ち回れ。世の中は理不尽なことが多い。いちいち正論で返したら身がもたない。頭を下げてその場が収まるなら下げろ」その3「でもお前の大事なものが壊されたら怒れ。絶対に折れるな」

- Twitterより

人があなたから離れる時、無理に止めない事。あなたの将来は離れていく人の先にはありません。

- マリリン・モンロー

怒りに対する最上の答えは沈黙。

– ドイツの諺

男の在り方について

いばる男の人って、要するにまだ一流でないってことなのよ。

– オードリー・ヘップバーン

「女より男のほうが優れている」と言いたがる男はたいてい男の中では劣っているほうである。

– 渡邊芳之

男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない

– レイモンド・チャンドラー

判断軸について

心が明るいから、幸せへの感性も鋭くなる。しあわせを容易に発見するから、心がまた明るくなる、という循環をくり返すわけである。幸福な人とはみなそういうものなのであろう。

– 桜木 健古

よく“一流好み”の人がいるが、それはつまりただ世間の、他人の評価を鵜呑みにしてありがたがってることだろう。誰がなんと言おうと、三流だろうが五流だろうが、自分のいいと思うものはいい、という態度を貫かなければ、“ほんもの”なんかわかりゃしないよ。

– Twitterより

「池の中で一度にたくさんのフナがプカプカと浮かび上がったら、フナがおかしいと思うより、まずは水質を疑ってみるのが順当だろう。世の中がおかしければ、まっとうな人間がグロテスクに映る」

これが、私が四十年前から主張している「フナ論」です。

– 拾いもの

悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。否、それだけではすまない。やがていらだち、怒り出す。ほんとうを言えば、上機嫌など存在しないのだ。気分というのは、正確に言えば、いつも悪いものなのだ。だから、幸福とはすべて、意志と自己克服とによるものである

– アラン

人間の魅力というのは、その人が所属している集団から生まれるのではなく、あくまでもその人自身の技量や性格から生まれるもの。その本質だけは、見誤ってはいけないと思います。

– 蛭子能収

答えがどっちでもいいから、あなたは今日も悩んでいる。

– 「神さまとのおしゃべり」

「悩むことが損だ」というのは、僕には理解し難い。悩んで損をしたことなんて一度もないからだ。「時間の無駄だ」というが、ぱっと明るくみんなと酒を飲むよりも、よほど人生にとって有意義だとも思える(おまけに経済的だ)。

– 森博嗣

…そして経済軸の判断は、どんどんプロセスを省略する方へいく。効率のいい方へ仕事の中味がショートカットされていって、その極端な形が「お金をお金で買う」ビジネスです。会社買うたりね。汗をかく必要がない。…それは人間を、それも若者や子どもを損なっていく致命的な考え方だと思うんですよ。「こういう勉強して何になんねん?」みたいなことを言う。消費と同じ要領で、教育にコストパフォーマンスを求めている。でも本来、学ぶということは、自分が何をわかっていないかもわかっていないわけです。その初めの時点で「何になんねん?」なんて問いを立てていたら、何にもならへんだろうし、誰にも学ぶ必要ないじゃないですか。…

– みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?

つまり人生すなわち存在には、実に意味なんかないのではないか、自分でそこに意味を与えて苦しんでいただけだった、この自縄自縛の構造というものに気がつくことですね。

– 池田晶子

みんな普通の人間だから、本人は偉くない。ただ、大きな組織でトップにいると、周りが注目する。その注目が光になって集まり、自分はそれを反射しているだけだ。いくら偉くても自分からは光が出ていないが、光が集まれば自分から光が出ている気になる

– 楠木 健

挫折について

すべてがうまくいかないときは、すべてが学びのときで、うまくいくことを超えて、すてきなことが始まるとき。

- 田口ランディ

悪いのは自分だと認めなくちゃ。全部を自分の責任だと認めて、その上で自分に実力がないんだと、そう思って諦めなきゃならない。精一杯、本当にギリギリのところまでやった人にしか、諦めることなんてできない。挫折って、だから本当はすごく難しい。

– 辻村深月『凍りのくじら』

感性について

「才能を使い切って見せてくれる人にはこちらも感性を使い切って感じたい」という椎名林檎の台詞をなんとなく秋になる度思い出す。ただそこに存在しているだけでは感性になんの意味もなく能動的に自分という装置をたとえば本や映画や美術館やこれから会う人に破壊されなければならないのだと解釈した。

– Twitterより

幸せについて

幸福は猫に似ている。いつの間にか膝の上にいる。

– 拾いもの

わたしはすぐ笑う、だからよく「しあわせなやつだな」と言われる。アイスがおいしくて、猫が可愛くて、雨が上がって雪が降って、わたしは毎日しあわせで笑う。
お父さんに殴られたり先輩にしめられたり先生に触られたりとかたとえばそんな話、思い出しても人に話してもなにも楽しくないから思い出さないし話さない、ただそれだけのこと、しあわせなことしか考えたくない。
娘を殴る父親と冬季限定のおいしいアイス、どちらが人生において価値があり重んじるべき存在かというと絶対後者、わたし絶対後者しか見ない、しあわせなんてピントをどこに合わせるか、ただそれだけの問題だ。

- 拾いもの

やさしさについて

「人に親切だと思われようとすれば、親切の押し売りとなり、人を喜ばせようとすれば、すなわち親切になる」

- 大原健士郎

電話の声が素敵だね、とか、笑った皺がかわいいね、とか、お茶碗の洗い方が丁寧だね、とか、ほんとにもうなんでも、どんな小さな、ささいなことでもよくて、「他人」という目線でそのひとの素敵なポイントを見つけて、言葉にして手渡してあげることだと思っています。ひたすら相手のいいところを見つけて言葉で肯定し続ける、その積み重ねは自信になって、その自信はわたしがいなくなっても、わたしの大切なひとをつらいことから守る盾になってくれると思っています。

- 「大切なひとにできるただひとつのこと」

絶対に他人を悪く言わない友達がいて、なんでそんなに優しいのか?と思って観察したら、単に悪い出来事とか嫌な人に時間を割かない子なんだって気付いて感動した。嫌いな人に夢中になって、悪口を考えたり、それを誰かに話す時間を割くのは確かに無駄でしんどい

– 作者不明

なにを言うか以上になにを言わないかが大切なのだろう。でも「言わない」という意図を理解されることはほとんど無い。

– Twitterより

ゆるしたことって、覚えてないでしょ。ゆるさなかったことは、やっぱり忘れないじゃないですか。だから、ひとをゆるすってことは、忘れるってことなんだと思うんですよ。

– 重松清

他人の痛みを思い知れ、などという言葉を平気で口にできる人は、他人の痛みを想像する想像力が欠如していると思います。
大切なのは、他人の痛みを痛むことはできない、ということに痛みを感じるかどうかなのではないでしょうか。

- 「沈黙より軽い言葉を発するなかれ」

気遣いというのは、人に”明に”気づかれたら二流だ。「気を遣わせてしまったな」と思わせてしまうからだ。相手に負担をかけないようにしている行為なのに、別の面(心理面)で負担をかけるなど、言語道断。

だから目に見えて分かりやすい気遣いをする輩は、私は却って好ましくなく思う。だいたい、美しくない。気遣いというのは相手への配慮ではなく、自分の美学に過ぎない。だから分かってもらう必要など無い。自分自身が理解しておればそれで十分である。

とはいえ、そのようにした気遣いに”暗に”気づいて、真似して返してくれることほど嬉しいことはなく、しかしその「お返し」に気づいたことは心に留めておき相手を褒めることはしない。ただ良き心証をのみ持つ。これでよい。

- 「仕事が早いのふしぎ」

相手の心を覗くことは、相手の心を予想することとは違う。ただひたすら注意深く、全身を耳にして耳を澄ますのだ。答えは出さない。相手の心がわかることはないから。ただ、自分たちが平均台の上にいるということを知っておく。理解は不可能で、誤解だけが可能。知らないということを深めたくて、心を覗くのだ。

– 「カツラ美容室別室」

人となりについて

肩書きで勝負しない男と、色気で勝負しない女がいいね。

– サントリー

人柄は顔に出るし、幸せは目尻のシワにできる。 理性は声に宿り、嘘は目に映る。 自信は姿勢を正すし、歩く様はその人の生き方を暗示し、表情は今までの思い出を表現する。 個性は着るものや髪型を変え、職は手に表れ、口は心の緊張を示す。 結局、人間見た目に出てしまうもの。

– kaffkka

無理してでも景気が良さそうに見せている人を見るのが好きだよ。そういう人を見ると本当に景気がよくなりそうだよね。

- リリー・フランキー

本当の努力家は努力を見せないから努力家って言われない

- 大島優子

自分のことを語ってはだめよ。黙って人に分からせなくては。

– ココ・シャネル

いい本を読んで、質のいい音楽を聴いて、スポーツをして、そして美術館に行ったり、博物館に行って、いい文化をふだんから仕入れていると、その人となりが、そのまま出てくるのです。

– 美輪明宏

あと「我慢していたら褒められるしいつか解ってもらえる、我慢が認められて尊重してもらえる日が来る」って思うんだけど、それは全くの嘘で我慢する人には他人はどこまでも我慢を強いるし口先で褒められても尊重してもらえる日は決して来ないんだよね。

- Twitterより

年を取ったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年を取るのだ。

– 「シメキリまで、仕事をするな」

「大理石の中に天使が見えたので、自由にしてやろうと彫り続けた」ミケランジェロのことばだそうだ。本当に手が動く人は,さらりとつぶやく一言にも質量がある。自分は職人肌だからとことばにすることを諦めている人は,結局怠けているだけではないかと,やはり今日思ったんだ。

– Twitterより

精神的にもっと強くならなきゃいけない。それはきっと硬くなるということではなくて、柔らかくなるということなんだろう。

– 吉川晃司

人間は敏感な人と鈍感な人と大きく2つに分かれるの。それだけの言い方だと鈍感な人が「ダメ」なように思えるけど、ある意味、不幸な人(敏感)と幸福な人(鈍感)なのよ。何かに気づいていちいちカリカリしてる敏感な人は不幸な人なのよ。イライラしたら負けなのよ。

– マツコ・デラックス

頭も使わなければさびつきます。人間も磨かなければ曇ります。若い頃美男だった人が三十になるとふつうの男になり、四十すぎると見られなくなるのは、みんな自分のせいです。時間のせいではありません。本来ならば、人間は老人になればなるほど美しくなっていい筈です。

– 白洲正子

本当に物事が分かっている人は、大声を出さないものである。

– レオナルド・ダ・ヴィンチ

私は、自分の内部の不良少年に絶えず水をやって、枯死しないようにしている

– 鶴見俊輔

成功者と失敗者の大きな違いはこの言葉を言うかどうかです。「時間がなかったんだ」成功者はこの言葉を使いません。

- フランク・フィールド

人生の走り方について

お前の道を進め、人には勝手なことを言わせておけ

– ダンテ

人間はじぶんの時間をどうするかは、じぶんじしんできめなくてはならないからだよ。だから時間をぬすまれないように守ることだって、じぶんでやらなくてはいけない。

– ミヒャエル・エンデ「モモ」

きっと人にとっていちばん大事なのは、知識そのものではなく、知識を得ようとする気持ちと意欲なのでしょうね。そういうものがある限り、僕らはなんとか自分で自分の背中を押すように、前に進んでいくことができる。

– 村上春樹

生きていることは、徐々に生まれることである

– サン=テグジュペリ

表現をして生きていくということは、きみを大好きなひとが横を走ってくれているということであると同時に、きみを大嫌いだという人も、いっしょについてくることなんだ。そっちを見ちゃだめだよ。ぜったいに

– 糸井重里

まだ準備ができていなくても、「その時がその時である」ということ。思考はいつも、今ここにいる自分よりほんの少し古い。

- 西村佳哲

You have a choice. Live or die. Every breath is a choice. Every minute is a choice. To be or not to be.

– Chuck Palahniuk

正義を行う人は、自分が傷つくことを覚悟しなくちゃいけない。 アンパンマンは自分の顔をあげる。自分のエネルギーは落ちるけど、そうせずにはいられないから。正義には一種のかなしみがあって、傷つくこともあるんです。そんなにかっこいいもんじゃない。

– やなせたかし

たとえ百人の専門家が、「あなたには才能がない」と言ったとしても、 その人たち全員が間違っているかもしれないじゃないですか。批評家は気にしない。どうでもいいわ

– マリリン・モンロー

サラリーマンを楽しむコツはいつ首になってもいいと思うこと。恋愛を楽しむコツはなるにようにしかならないことを自覚すること。そして自分でコントロールできるほんのわずかなことを真摯にがんばるのが長い人生を楽しむコツだと思う。

- Twitterより

花は美しいというと「美しくない花もある」という人が出てくる。そのクレームを想定し「美しい花もあるが美しくない花もある」と書く。それはもはや言う必要のない文となる。全ての人が納得する文では表現にならない。勇気が必要なんだ

– 鈴木光司

よく生きることが最高の復讐である。

– Twitterより

人生には二通りの生き方しかない。ひとつは、奇跡など何起こらないと思って生きること。もうひとつは、あらゆるものが奇跡だと思って生きること。

- アインシュタイン

さびしさなんてどうせちょっとうれしいことがあれば蒸発してしまう揮発性の感情で、それをわざわざ恨みとか自己嫌悪なんかのめんどくさいものに加工する必要はない。

今でもときどきさびしさの波のようなものは訪れるけど、別におそれるようなものではなくて、そういうときもあるわね、というぐらいで、おおむね楽しくやれています。

なりたかった状態に自分を持っていけたことは、うれしかったし、安心した。

それで今になって思うのは、かつてさびしさに無縁で幸福そうに見えたあの人たちにも、きっとさびしさの波は訪れていたのだろうということです。

決して、わたしだけがさびしかったわけではないのだと。

ただ、彼らはさびしさを正しく運用していただけなんだ。

それだけのことなんだ。

大人なんてさびしくて当たり前で、でもそれはただ優しさを指向する力で、だれのせいでもなくて、みじめに感じることもなくて、その力にさからわずに、惹かれるままに、自分のさがしているものを見つければいい。

会いたい人には会いたいといって、いきたいところには素直にとびこんで、泣きたいときには思いっきり泣いて、さびしさでいろんなものとつながっていけばいい。

わたしはこれからもきっとさびしい。

でもそれでいい。

– さびしさの運用について

あなたの夢を、そんなこと無理だっていう人いるでしょ。
こう言い返してやりなさい。
あなたには無理ね、でもわたしはできるの。
あなたとわたしはちがうから、って。
でも言ったからには
夢をかなえなきゃいけないことも覚えておきなさいよ。
でかい口たたくんだから。

– リトルミィ / ムーミン

努力をすれば報われると本人が思っているとしたら残念。第三者が見ていると努力に見えるが本人にとっては全くそうでない、という状態になくてはならない。

– イチロー

飽きてしまうことを、人間的成長と考える。

– 拾い物

恋人に文句があるなら別れればいいし、会社に文句があれば辞めればいい。あなたの恋人や、あなたの勤め先が、あなたの実力。

– 藤沢数希

若い人に言いたいのは、「自分が犠牲になっていくらかの人を幸せにするよりも、いくらかの人を切って自分を幸せにすること」を選べということ。自分の不幸の上に成り立った人の幸せの数より、自分が幸せになることによって人を幸せにできる数のほうがずっと多いよ。

– 小池一夫

準備というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していくこと。

– イチロー

近道は遠回り。急ぐほどに足をとられる。始まりと終わりを直線で結べない道がこの世にはあります。迷った道が、私の道です。

- 大分むぎ焼酎・二階堂

以上、ちょっと載せすぎましたかね。

何かを始めるためには、しゃべるのをやめて行動し始めなければならない。

-ウォルト・ディズニー

そうですね、ウォルト先生。とりあえず寝ます。おやすみなさい。

「高気圧ガール」にどこまでも連れて行ってほしい。

山下達郎の「高気圧ガール」といったらもう皆さんご存知、夏の名曲ですよね(自分調べ)。

(まぁ、「RIDE ON TIME」、「クリスマス・イブ」の方が有名か)

(とはいえ、サマーウォーズ「僕らの夏の夢」、陽だまりの彼女「光と君へのレクイエム」、薔薇のない花屋「ずっと一緒さ」….と、これでもか!と主題歌を担当しているかつ、どれも印象に残っている(自分調べ再び)のはやはりすごい)

で、今回はその中でも、この「高気圧ガール」。

そもそも「高気圧ガール」って何が由来なの?という方は、下記のyahoo知恵袋大先生をご参照くださいませ。

山下達郎さんの曲、「高気圧ガール」ってどういう意味ですか?

「高気圧ガール」という言葉はそもそもは1980年代初め頃の某航空会社の沖縄キャンペーンのキャッチコピーです。そしてこのCMソングを山下達郎さんが担当しました。
つまり、沖縄のリゾートを思わせる明るく爽やかな女性といった意味になると思います。(山下達郎さんの曲、「高気圧ガール」ってどう…

そのCMは下記。

この女性、非常にエキゾチックやなあ…。当時14歳とのことで更にびっくり。コピーは「高気圧ガール、はりきる」で、伝説のコピーライター故・眞木準氏が手がけられたのこと。

季節感はないにしろ、久々に聴いてみたらかなり歌詞がよく、思わず聞き入ってしまいました。

» 山下達郎/歌詞:高気圧ガール/うたまっぷ歌詞無料検索

“なめらかな” 白い砂は」「“しなやかな” 南風は」など、形容動詞の使い方がとても特徴的で、冒頭部分でもう南の国の情景が浮かんでしまうし、1サビ後の歌詞も”高気圧ガール”との穏やかであり、理想的な関係性が感じられる。

そして歌詞全体を俯瞰すれば、”高気圧ガール”とは特定の女性そのものを指すのではなく、(働き詰めの)日常から(南のバカンス的な)非日常に(どこまでも)連れて行ってほしいという思いを託している、ある種の偶像であるとも捉えられる。

まさに、航空会社のCMにはぴったしというわけですね。さすが。

(どちらかというとインドアかつアクティブではない自分としては、相当に素敵な女性に映りましたね。「高気圧ガール」いいなぁ…。)

また、この「高気圧ガール」をchayが歌っているやつがかなりよい。(原曲より好きかも)

なんとなくああはいはい、あのテラスハウスの人ね…。と偏見を持っていたけれど、この人相当綺麗な声してるんすね。

youtubeで見つからなかったので、下記にレコチョクページを。

» 高気圧ガール / chay – レコチョク (何秒かだけ聴くことができます)

iPhoneユーザーかつ「Music FM」というアプリを使ってる方は、下記からフルで聴けます。ぜひに。

» Music FM『chay / 高気圧ガール』

また、不覚にも恋する女子感満載ソング(下記)にもハマりつつある。共感するほどに恋をしているわけではないと思うんだけどな…。

歌詞の可愛らしさ、声の綺麗さ、少し昭和っぽさを感じる音とリズムが心地よいからかな?

まぁ、春だから。ということにしておきますか、ね。うん。

映画「ラ・ラ・ランド」は、この時代を代表する作品になるはず。

観てきました。【24:40~@六本木】というなかなかハードな回にて。

いやぁ….観れてよかった。すごいよチャゼル監督。歌・音楽・ダンス・物語の全てがオリジナルという点が本当にすごいし、何もかもがオシャレで、それでいて上質。なんなんだ本当に。

きっと、この時代を代表する一作になるはず(というか、もうなっているのか?)。もう、他の作品とは一線を画しすぎていて、リアルタイムでこの作品に触れられたこと自体、なんだか嬉しく思えてくる。

人生と芸術、現実と夢がとてもよく釣り合っていて、バランスのよい作品。夢・ファンタジーの描き方が素敵すぎると思いつつ、しっかりと現実の切なさ・リアリティを残している。

ああ、映画ってこういうものだよな。と思いました。ミニシアター好きにはたまらない感覚。だから、どことなく「ニュー・シネマ・パラダイス」を連想した。

(脱線すると、ニュー・シネマ・パラダイスが好きな方は、原田マハさんの「キネマの神様」という小説がおすすめかもしれない)

下記は「キネマの神様」内での好きな引用。

映画館の臨場感とは、映画というシステムがこの世に誕生すると同時に作り出された究極の演出なのである。それは一世紀経った現在でも、ほとんど原型を変えることなく伝えられているのだ。ドライブインシアター、カウチポテト族、ホームシアターなど、映画を取り巻く環境は確かに変化しつつある。しかしそれでも映画館が滅びないのは、その臨場感こそが、「娯楽」を追求した人類がようやく獲得した至宝だからだ。映画館は一級の美術館であると同時に、舞台、音楽堂、心躍る祭りの現場でもあるのだ。この世に映画がある限り、人々は映画館へ出かけていくだろう。家族と、友人と、恋人と‥‥‥ひとり涙したいときには、ひとりぼっちで。人間の普遍的な感情、笑いや涙、恐怖や驚きが映画館にはある。ありとあらゆる人生がある。人間が人間である限り、決して映画館が滅びることはない。たまらなく心躍るひとときを求めて、人はきっと映画館に出かけていくのだ。

いい映画を観ると、いろいろと感想を述べたくなる。言葉にすればするほど陳腐になり、その独自性と芸術性が薄れてしまうことは感じつつも。

そんなことを考えて思い出すのは下記とか。(確かTwitterで拾った)

「才能を使い切って見せてくれる人にはこちらも感性を使い切って感じたい」という椎名林檎の台詞をなんとなく秋になる度思い出す。ただそこに存在しているだけでは感性になんの意味もなく能動的に自分という装置をたとえば本や映画や美術館やこれから会う人に破壊されなければならないのだと解釈した。

ちなみに、タランティーノのエピソードも大好きなので、ついでに。

タランティーノ監督の現場は、「今のシーン、もう一回やってみよう!」となった時、監督が「なぜなら~」というと、スタッフが全員で「映画が大好きだからー!」と叫ぶらしい。素敵だ。

(はい。脱線しましたねすみません。)

多分、この「ラ・ラ・ランド」という作品に低評価をする人とは、あまり仲良くなれない気がする(言い過ぎか)

(下記、ネタバレはないはず)

あらすじはこちら。

夢追い人が集まる街、ロサンゼルス。映画スタジオのカフェで働くミア<エマ・ストーン>は女優を目指していたが、何度オーディションを受けても落ちてばかり。ある日、ミアは場末のバーでピアノを弾くセバスチャン<ライアン・ゴズリング>と出会う。彼はいつか自分の店を持ち、本格的なジャズを思う存分演奏したいと願っていた。やがて二人は恋におち、互いの夢を応援し合うが、セバスチャンが生活のために加入したバンドが成功したことから二人の心はすれ違い始める……。(Filmarksより)

ちなみに、La La Landってどういう意味?という方が多いと思いますが、どうやらロサンゼルスの愛称らしいですね。(知らなかった)

<ラ・ラ・ランド>とは・・・
ロサンゼルス、主にハリウッド地域の愛称。また陶酔し、ハイになる状態。夢の国。(本作パンフレットより)

ちょっと良すぎて、面を食らいました。世の男性諸君は、気になるあの娘を誘っていくのもよいと思われ。

(自分は一人でしたが、下記を考慮すると結果オーライだった。)

ミュージカルが苦手な人もぜひ見てほしいな、と思います。音楽の入れ方も心地よく、楽しいはず。

(その点、レ・ミゼラブルを観て、なんでもかんでも歌いすぎ!と漏らしていた母にも観てほしい)

いや、もはやミュージカルでもないのか。この作品をミュージカルとタグ付けし、一括りにしてしまうのはかなり乱暴で勿体無い。

「セッション」の時から、この監督にはとてつもない「ジャズ愛」を感じる。そこに旧作品へのオマージュ、映画自体への愛情が加わり、合わさることで、もはや旧来の枠組み(ミュージカル)にさえ捉われていない気がした。

と同時に、ミュージカル、ジャズといった、古めいて段々と廃れていってしまうものに、新たな芽を見出そうとしてるんだろうな。

だから、今までに観たことがない類の映画感がすごくて、鑑賞後しばらく整理がつかなかった。

そして、歌と踊りとドラマを両立させるって相当難しいはずだけど、すんなりと実現してしまっている監督の力量にただただ感服してしまう。

(とはいえ、構想から10年とのこと。素晴らしい作品をありがとうございます)

実際、ミュージカルものだと「ヘアスプレー」という作品が好きだけど、元気になりたい時に音楽に酔いしれるという立ち位置だから、ストーリー性の薄さは目立つ。

(ヘアスプレーも楽曲がいいので、ハマったひとはCD貸します)

その点、もう入りのシーンから鷲掴みされた感があって、高揚が抑えきれなかった。(観た人、いかがでしょうか)

(あの高速道路のシーン、実際は38℃近い現場だったらしい。ダンサーの皆さま、あっぱれすぎる)

にしても、いい曲が多すぎるな….。(下記に一部をご紹介)ひとまず、早速LINEのBGMになりましたね。ええ。

* ‘Another Day of Sun’ – La La Land (Original Motion Picture Soundtrack)

* ‘Someone In The Crowd’ (Emma Stone, Callie Hernandez, Sonoya Mizuno & Jessica Rothe)

* ‘City of Stars’ (Duet ft. Ryan Gosling, Emma Stone)

踊りもよかった。港でセブが一人酔いしれるシーンも、“あのポーズ”が現れるタップダンスのシーンもただただ素敵(なんで靴持ってたん?とかは言いません)(言ってる)(そもそも夢の国だから成立するんですね)。

また、エマ・ストーンもライアン・ゴズリングも「丁度よいうまさ」なのがいい。(ここ結構重要)

踊りが不自然に(うますぎず)目立たないから、嬉しくて”仕方なく”踊ってしまっているといった自然な思いが伝わってくる。

そして、やはり脚本がよい。夢を追う姿勢に惹かれ、恋に落ちたセブとミア。偶然訪れた幸せに陶酔する二人(ここもラ・ラ・ランドという言葉と掛けているのが超絶的にオシャレ)。

しかし次第に、恋が大切だからこそ夢を迷う葛藤に襲われる。

夢を追うには人生をかける必要があり、夢を実現させるためには….(ネタバレなので省略)という真理。

恋愛に悩んだ経験のある方は、少なくとも一度は通る問題なのではないでしょうか(そんなこともないか)。

自分の信念のために何かを犠牲にした経験のある方には、きっと響くものがあると思います。そして、それが恋人だったり、大事な人の場合は尚更。

その点、自分の夢よりも、愛する人の夢の実現のために奔走するセブは、男性としてかっこよすぎましたね。男女問わず、惚れ惚れするはず(多分)。

(そのことが招く二人の行く末に関しては、観た人語りましょうね。)

とはいえ、夢を貫いたから偉いわけでもないし、諦めたから根性がないわけでもない。そもそもそこには「正解」がない。

その「正解」を自分で決めなければならない点、誰しもが迷い、悩みながら生きているという人間臭さに観客一同引き込まれてしまう。なんというか、主人公たちのある種のいじらしさに共感せざるを得ない。

そして、上記の酸いにも甘いにも相当な見応えがある。

それは、色彩豊かな映像と美男美女のキャスト、素晴らしすぎる楽曲の数々。また、本当に幅広い映像表現が存分に引き立てるから。(特に、ラスト15分くらい?の映像がもう至高すぎる…)

また、カメラワークがとてつもなくいい!!中でも、プールのシーン、プラネタリウムのシーンとか、ただただ綺麗。

まぁ、セブのピアノに合わせてミアが踊るジャズバーでのシーンは、若干の「セッション」を感じてちょっと笑ったけど。(鬼教師フレッチャーと、主人公の掛け合いすね)(しかも、J・K・シモンズはまたいい役どころ)

同様に、本作で歌われる「Audition(The Fools Who Dream)」で、ミア(エマ・ストーン)をどアップ目に映すシーンは「レ・ミゼラブル」を、大きな夢を持ってロサンゼルスへ…という設定はどことなく「ロック・オブ・エイジズ」を連想。

にしても、ライアン・ゴズリングって、上品な顔立ちだなぁ…。「ドライヴ」、「きみに読む物語」の時もそうだけど、この人が出ると、作品がどことなくオシャレに仕上がる感がある。

また、劇中で度々披露されるピアノ。彼は、3カ月間+現場でもずっと練習してこのパフォーマンスに仕上げたとのこと。やっぱりイケメンだなこの人。(もう一度ピアノ弾きたくなってきた)

エマ・ストーン(ミア)の華やかなワンピース姿は、やはり見惚れました。映画に出てくる女性は、素敵なワンピースを着ていてほしいなって常々思ってます。(例えば下記とか)

原色×シンプルルック、流行るだろうなぁ…。(非常にいいと思う)

ミアもセブも一貫してクラシックな出で立ちだったけれど、原色多めの映像にとっても映えていた。

エマ・ストーンの私服のセンスの良さは、「モテキ」の大根監督も太鼓判。素晴らしい。(下記)

最近「auスマートパス」に加入していたことが判明したため、月曜は仕事を切り上げて映画を観る!と決めたんですが、早くも2度目の鑑賞をしそうです。

というか、先ほどチケット買いました。(tohoだと1,100円で観られる ※同伴者も適用)

*au マンデイ

これはDVDも買ってしまうだろうな。定期的に観たくなる作品だと思う。この感覚は「アバウト・タイム」にはまった時に近しい。

きっと自分は、“あの人を想うと高揚して、思わず微笑んじゃう”、みたいなシーンがたまらなく好きなんだろうな。

(ネタバレできないのが悔やまれるので、観た人は話しましょうね)

(あのシーンが好き!!!!とか言いたい)

ちなみに、実はエマ・ストーンの地毛は金髪らしい。初期の出世作『スーパーバッド』を撮る時、監督のジャド・アパトーから赤毛を勧められて気に入ったとのこと。(確かに、バードマンでは金髪だったか)

いやぁ、ありがとうございます。監督。相当グッジョブです。