そして、猿の惑星へ。

昨日、観てきました。「猿の惑星 聖戦記(グレート・ウォー)」。

歴代の中では、マット・リーヴス監督の手掛けた本シリーズが一番はまったかもしれないです。

とはいえ、昔のは昔のでいいんですけどね。ハリボテの猿が人間を囲み、人間が発狂するというそのヒステリックな映像の狂気さに興奮する系として成立していたなと。

本シリーズでは映像もほんっとうにリアル。どちらかというと脚本自体が面白くて(特に一作目「創世記(ジェネシス)」)、また主人公のシーザーのイケメンっぷりに脱帽する楽しさがありました。

シリーズ完結ということで、これを機にちょっと振り返って感想を書いておこうかなと。


猿の惑星:創世記(ジェネシス)Rise of the Planet of the Apes


あらすじはウィキペディア先生を参照くださいまし。

知能を持ったエイプ達の戦い方が秀逸で、非常にお手本的なところにその知能の高さを感じさせます。

また、子供を守りたいから、おじいさんが暴力振るわれそうだからなど、知能を持ったエイプが取る行動の発端がとても愛情に満ちていて、一貫して“彼らは全く非がない”という撮り方が、人間をこれでもかと皮肉っていて個人的には最高。ほんと最高。(監督のこだわりを感じました)

シーザーが育った家を想って、あの窓のマークを書くシーンもよいし、幼少期のシーザーを映す際、窓を象徴的に撮っていて好きです。(オリに入れられてからのシーザーの態度変容は、観ていて心苦しいものがありますが….。)

エンドロールの意味の吹き込み方もしゃれてる。なかなかに完成度が高い作品だなぁと久々に観ても思います。(2011年の作品なんですね!大学入学した年か…そんな古いとは)

ちなみに、ジェネシス(創世記)とは、天地創造から始まる、ユダヤ教・キリスト教の最初の聖典を指すんですよね。こういう副題の引っ張り方は結構タイプ。

主演のジェームズ・フランコとシーザーの間に芽生える愛情(友情?)が、次回作までしっかりと引き継がれているところもポイントですね。

ヒロインどっかで見たことあるな、と思ったら「スラムドックミリオネア」だった。


猿の惑星:新世紀(ライジング)Dawn of the Planet of the Apes


あらすじは下記に。

舞台は「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」の10年後。アンディ・サーキス演じる猿のヒーロー、シーザーの先導により、遺伝子進化した猿は増加し人類の存亡を脅かしていた。地球の制圧権をかけた猿と人類の本格的戦いが、想像を絶するスケールと迫力で描かれる!(filmarksより)

本作では、シーザーの関わる共同体が家族という最小単位から、部族というわりかし大きな単位まで広がっているんですね。なので、偏見とコミュニティの話としてもすごく楽しめると思います。

人間と違うところは、シーザー率いるエイプたちは、種族全体を家族という共同体として考えている点、率いる難易度が上がりまくりで大変だろうな、と。(家族という単位はあるものの、実質シーザーが全てを見ているわけで)

ましてや、知能を持ったエイプとはいえ、”サル”であることは変わりないので、子供が増えていくスピードも本能的に早いはず。とすると、なおさら統率が難しい。(知能が上がったことでどうにかなってるんだろうか、ここの詳細は余白なので想像あるのみ)

展開としては割と既視感溢れる、仲間割れ→一旦ピンチに陥る→リベンジしてハッピーエンド…とはならないんですね。そして、ここでハッピーエンドにならないのがこの作品の面白さだったりします。最新作ではないので言ってしまうと「The war already has begun.」なわけです。

人間側主人公(名前忘れた)とシーザーの間に友情が芽生える中、お互いがお互いを慮り「君の方こそ逃げろ」と言い合うシーンはちょっとジーンと来ましたね。お互いに共存を望みつつもどうにもならない状況を憂いあっている関係性。とてもきれいでした。(シーザーのおでこって絶妙に平べったくて、こつんってしやすそうだな。)

また、前作の引用の仕方がステキ。そして、ここでは悪者でしかなかったコバも次回作につながる重要なポイントになります。(全体的に、前作の引継ぎ方がとても上手なシリーズなんですね)


猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)War for the Planet of the Apes


あらすじは下記に。

地球の支配者が変わりゆく激動の歴史のうねりがついにクライマックスを迎える。カリスマ的な主人公のシーザーが、リーダーとしての使命感と家族を奪われた復讐心の狭間で葛藤するドラマを核にした映像世界には、観る者の胸を締めつけるエモーションが息づく。果たして未来を切り開く“希望の地”へたどり着くのは猿か、それとも人類か。誰もが知っている結末の、誰も知らなかった壮絶なドラマが遂に明かされる。

もう少し全面戦争感を期待していた点、ちょっと拍子抜けしちゃいましたね。

ひたすら憎しみにかられ、抜け出せない闇の中を彷徨うシーザーにフォーカスがあたりすぎて、グレートウォーとはただただ名ばかりじゃないかなと。

とはいえ、憎しみに駆られるということは、シーザーがより人間的な良心の持ち方、思考をするようになったことの証明。彼の成長軸からしたら興味深かったりもしました。

ただ、おまっ、それ殺されるでしょ!そのシーン!!おいっ!と思わず叫びたくなるシーザーが、これでもかと殺されずにいる点も少しばかり冗長に感じました。なんなら観客はシーンを無駄に想像すぎて余計にハラハラしたはず(狙いなのであればどハマりしたし、心臓バクバクだった)

(そういった野蛮な殺し方をしない=”聖”戦記といったところなんですかね?)(いや、まぁシーザーという伝説のエイプがいて、エイプの未来を守り抜くために懸命に戦ったという事実を記したこの作品自体が聖戦記ってことですよね、すみません)

しかしながら、今回人間が陥る症状のロジックは好きです。知能が発達するエイプとは対照的に、知能が退化していく人類という逆さまの構図。なるほどなぁと。(どんな症状なのかはネタバレにつき割愛)

あとは、オープニングが洒落てましたね。Rise、Dawn、それぞれの文字の当てはめ方。赤文字と黄文字の有効活用。センスあるなーと思いました。そして、ノヴァちゃんがひたすらかわいくて、バットエイプが無駄におしゃれだった。(あのキャラを新登場させた判断がすごい)

大佐役の方、これまたどこかで見たなーと思っていたら「グランド・イリュージョン」でした。

 

総括として、個人的には一作目が一番好きでした。間延びもせずよくあそこまでプロットを作り込んだものだなと。新薬研究が発端となる作品は多いですが(例えば、バイオハザード)、そこまで現実離れもしすぎていなかったのが、逆にリアリティがあって怖かったですね。

結局のところ、猿の惑星となるんですが(大ネタバレ)(しかしそういう作品なので…)、彼らの惑星となったとしても、教育が生まれ、科学技術が生まれ、猿の数(人口ではなく猿口?)が増えていき、部族が分かれ、国となり…という流れを歩むのだとしたら、その起点起点で彼らの身体的特徴にも変化が生まれ、結局は二足歩行のホモサピエンスに近づいていくのでは(?)と思うんですが、どうなんですかね(詳しい人に聞いてみたい)

 

余談ですが、二作目でゲイリー・オールドマンが使っているiPadが、今観てもなかなかに古くて、ちょっくらノスタルジックなんですよね。

ただ、あの避難自治区で唯一残っていたのが最新のものではなく、バージョン古めな旧iPadだった、ないしはあのバージョンが好きであえて使っていた(これは分かりにくすぎて無いと思うけど)という意味合いにもとれるので、発売してから5年くらいのスパンにあるIT機器は、こういった作品には有用だなと。(戦争物なども)

関連するのはこちらとか。

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